老人のたわごと

  浅田志津子

  

はじめまして

もう 八十過ぎの爺さんです

先日 東京に行ったさいに

八重洲ブックセンターに立ち寄ったら

一階の壁一面に あなたのご主人が描いた

全国の鉄道風景が 展示してあったんです

地域別に並んだ 絵葉書を見たら

なんと 私の故郷の

思い出の駅舎もありました

こんな 東京のど真ん中で

観光地でもない

特になにがあるわけでもない

故郷の 駅の絵に出逢うなんて

こんな さいはての無人駅を

描く画家がいるなんてと 心底驚きました

そして 絵と共に展示されていた

あなたの詩を ぜんぶ読みました

息子よりも 若いあなたが書いた詩に

涙をこらえることができませんでした

「たたんだ千円札」という詩に

もう 七十年前の少年時代の

母との思い出がよみがえって

私は どうしても その思い出を

あなたに 話したくなったんです

私の家は貧しくて

子どもの頃は母が野菜をリヤカーに積んで

売り歩く仕事を よく手伝っていました

上り坂では 母がひくリヤカーを

後ろから 顔を真っ赤にして押しました

仕事が終わった帰り道

母はいつも 今日のお駄賃と言って

私に 駄菓子を買ってくれました

さっぱり売れなかった日でも

母は必ず 駄菓子を買ってくれました

いつもよりも高い駄菓子を

無理して 買ってくれるときもありました

私は 母に悪くて

「今日はいらない」と言いたかったけど

それを言ったら 母が哀しむ気がして

いつもよりも 明るい顔をして

おいしそうに食べました

本当は おいしくなかったけど

駄菓子を食べる私を

若い母は うれしそうに見つめていました

そのたびに私は 「今日はいらない」と

母に言わないで よかったと思いました

私の幸せが 母の幸せのすべてなのだと

少年の私は 痛いほどに感じていました

だから ことさらおいしそうに食べました

本当は おいしくなかったけど

長々と つまらない話をしてしまいました

老い先短い 老人のたわごとです

でも この母との思い出を

私はどうしても 生きているうちに

話しておきたかったんです

あの詩を書いた あなたに